« 速報 神戸市長田区鷹取町内会との交流会 | トップページ | 高知シティFMに出演しました »

2008年10月 6日 (月)

石井鷹取町内会長の話

 「わしらはまさか神戸に地震が来るなど思ったことはなかった。だから軍手1つ持っていなかった。地震の後は3日間というもの救援物資も来なかった。本当に着の身着のまま放り出されたようだった。」

S1_r

「地震は人間の力ではどうしようもない。地震にあったらまず逃げること。訓練であるようにまず火を消して、ブレーカーを落としてなんていくことなどできん。怪我せずまず逃げることや。」

S2_r

「地震で崩れて、またみんな燃えて更地になったらさびしいもんや。罹災したら自助努力や。行政はあてにならへん。行政職員も地震の被害者やから。地震のとき姫路の自衛隊は須磨まで来ていた。けんど県知事の要請がないと神戸市で救援活動はできへん。

 結局すぐにこれず入れてのはずいぶんたったことや。阪神大震災後、自衛隊も早くくるようになった。ガスも元栓が震度4で閉めるようになっているし。電気も漏電を調べてからでないと通電しません。

 阪神大震災の大きな犠牲を払って安全対策、防災対策は進みました。」と石井さんは言われました。多数の人たちの尊い犠牲で、防災対策が進展したことを私達は忘れてはいけないと思います。

S4_r

|

« 速報 神戸市長田区鷹取町内会との交流会 | トップページ | 高知シティFMに出演しました »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/191993/24305962

この記事へのトラックバック一覧です: 石井鷹取町内会長の話:

« 速報 神戸市長田区鷹取町内会との交流会 | トップページ | 高知シティFMに出演しました »